
周辺視野におけるβ運動の高速化知覚現象
周辺視野におけるβ運動の高速化知覚現象
基礎知識

中心視野
中心窩の広がりに相当する中心から半径5°以内の視野のこと。小さな文字を見るときに使う。
周辺視野
中心から半径5°以遠の視野のこと。明暗の変化や運動する物体の知覚などの時間的情報の受容に優れている。
※分野によって多少定義はことなる。

仮現運動
実際には物理的に運動していないものが動いて見える錯覚。例:電車の踏切の点滅
β運動
仮現運動の中でも、適当な距離の空間を取りながら、光点などを順次点滅させていくと動いて見える錯覚。
実運動
物理的に連続した運動。
概要
β運動を周辺視野で観視した場合に、中心視野で観視した場合と比べて、高速に運動を知覚するという興味深い発見をした。本研究では、β運動の周辺視野のおける高速化知覚現象を定量的に示し、その観視条件を明らかにした。また、β運動の周辺視野における高速化知覚現象において、β運動の点滅数の変化,円環状のβ運動の見え方を評価した。この高速化知覚現象について得られた実験結果から、β運動の周辺視野における高速化知覚現象の要因として、周辺視野において知覚するサンプリング周波数が低くなっていると仮説を立て、それを基に、周辺視野における臨界フリッカー周波数について考察した。
β運動の周辺視野における高速化知覚現象の観視条件

実験環境
左図のような実験環境で被験者は、網膜偏心度20°と40°でβ運動を知覚してもらった。
被験者には正面0°の十字を見た後に、網膜偏心度20°と40°でβ運動を知覚してもらい、その見え方について回答してもらった。

実験結果
まず、60歳台までの幅広い年齢層において周辺視野においてβ運動の高速化の知覚を確認している。
次に左のグラフはβ運動の周辺視野における高速化知覚現象の持続時間を示したものである。縦軸はβ運動が高速化して見えた持続時間、横軸はβ運動を観視する網膜偏心度、プロット点から伸びた線分は同一被験者のデータを示す。赤い線は、それぞれの平均値を示している。
実験結果から、運動の高速化知覚現象が生じる観視条件を、以下に分類することができる。
(1)跳躍性眼球運動の直後に周辺視野でβ運動を観視する場合
(2)瞬きの直後に周辺視野でβ運動を観視する場合
(3)周辺視野で突如β運動が出現する場合
以降の実験では,被験者に周辺視野で高速化の判断を求める場合に,瞬きが生じない3秒程度以内に回答するように指示した。
直線運動の高速化知覚現象の定量的把握

直線状のβ運動に対して、周辺視野で知覚する速さと高速化率を求めた。
実験環境
左の図のような実験環境において、周辺視野における網膜偏心度は、10°刻みで10°から70°とし、ディスプレイ2を円形に移動させ、高速化知覚現象の実験を行った。被験者はディスプレイ1の指標のβ運動の速さを観視し、その速さを記憶した状態で、約1秒間目を閉じ、開けた瞬間に周辺視野にあるディスプレイ2の速さを評価してもらった。

実験結果
(a)より、知覚される速さは、いずれの点滅移動の速さにおいても網膜偏心度に応じて線形に比例して速くなった。その増加量は、4つの速さともほぼ同じ値であった。
(b)の高速化率は、(a)の値を用いて、速さの知覚変化を数値として表現したものである。
高速化率 = 知覚の速さ / 点滅移動の速さ
移動の速さが遅い(点滅時間が長い)ほど高速化率が高く、知覚としては速く感じられる。点滅移動の速さが30 deg/sec(66 msec)では、もともと移動の速さが大きいことから、高速化率は小さくなる。
直線運動の点滅の数

実験環境
直線運動の高速化知覚現象の定量的把握と同じ実験環境で網膜偏心度20°、40°、60°においてβ運動の点滅の数を図る実験を行った。
実験結果
左のグラフについて、縦軸は点滅数の被験者全員による平均値、横軸は網膜偏心度、および信頼区間(95%)を示す。実験結果から、網膜偏心度が大きくなる程、知覚する点滅数は減少傾向にある。この傾向は,周辺視野の網膜偏心度に比例して高速化する変化(a)と同様な変化をしている。周辺視野でのβ運動の高速化知覚現象は、知覚する点滅数の減少により、白点が欠けて次の点に大きく移動したと知覚することで生じていると考えられる。
円環運動の高速化と形状変化

実験環境
左図の実験環境で円環状のβ運動を知覚して、その速さと形状について評価を行った。円環のサイズは3.4°、5.0°、7.0°degである。

実験結果
左のグラフに関して、左の縦軸は評価の平均値を、横軸は網膜偏心度を示している。折れ線グラフは左の縦軸に対応しており、95%信頼区間を併記している。棒グラフは評価項目「5.速さの評価ができない」と解答した人数を示し、その人数は右の縦軸に対応している。
まず、知覚される速さに関して、直線運動と同様に、被験者は網膜偏心度が大きくなるにつれて高速化を知覚している。また、半径3.4°、5.0°、7.0°の円環サイズそれぞれによる高速化の知覚に差はなかった。網膜偏心度が40°を超えると、形状を直線運動として知覚し、速さの評価ができない被験者が増えた。

次に、形状に関して、網膜偏心度が大きくなるにつれて、形状変化が選択肢1から5への順序で評価が変化する結果が得られた。これらの結果より。円環状のβ運動を跳躍性眼球運動後の周辺視野で観視した場合においては,以下の傾向があると考察できる。
(1) 網膜偏心度20°から、見かけ上の形状が円形から楕円形に変化し始める。
(2) 網膜偏心度50°から、見かけ上の形状を直線運動として認識するようになる。
つまり、網膜偏心度が大きくなるにつれて、知覚される運動が、円運動から楕円運動になっていき、直線運動になっていく。また、これら2つの傾向は円環サイズが大きくなるとパターン3,4,5の合計の人数が増えている。この結果は、網膜偏心度の大きさに比例して点滅知覚数が減少することと関連しており、点滅を知覚する数が減少することによって、楕円運動、直線運動に見えると考えられる。
まとめ
本研究では、周辺視野におけるβ運動の高速化知覚現象について、その観視条件、知覚される速さと高速化率を定量的に求めた。また、周辺視野におけるβ運動の高速化知覚現象での知覚される点滅数を評価した。さらに、網膜偏心度に応じて知覚される形状が変化することを示した。以下に,得られた結果をまとめる。
(1) 周辺視野でβ運動の高速化知覚現象が生じる。
(2) 高速化を知覚する持続時間は、網膜偏深度20°で約6秒程度である。
(3) 高速化率は最大1.4(網膜偏心度70°、点滅時間333 msec)である。
(4) 直線運動では知覚される点滅数が減少し、円環運動では知覚される形状が円から直線状に変化する。
以上の得られた実験結果から周辺視野におけるβ運動の高速化知覚についての仮説を述べる。
(仮説)網膜偏深度が大きくなるにつれて知覚するサンプリング周波数が低くなる。
本論文でのβ運動を用いた周辺視野の実験では、高速化知覚の生じる要因は、周辺視野での知覚する点滅数の減少であり、白点が欠けたことにより次の点への知覚が大きく移動したことによる。つまり、知覚される点滅数の減少は、周辺視野において知覚するサンプリング周波数が低くなっていると考える。ただし、周辺視野における知覚のメカニズムを解明したことには至っておらず、本研究の実験結果を元に、さらなる議論を深める必要がある。
また、臨界フリッカー周波数(Critical Flicker Frequency: CFF)について、周辺視野における研究がなされている。CFFに関して、ある研究(a)では、中心視野でのCFF値が高く、周辺視野になるに連れてCFF値が低下していく。一方、他の研究(b)では、周辺視野が40°まではCFF値が増加していく。両者の結果において、CFF値の増減に矛盾が生じている。研究(a)の実験ではちらつきが融合したときをCFF値としている。周辺視野において知覚するサンプリング周波数が低くなっているという仮説から考えるとストロボ効果的にちらつきを知覚すると推察でき、研究(b)の実験では不規則にちらつきを感じたときも加味してCFF値としていると思われる。本実験から得られた仮説から、両者の矛盾を説明できると思われる。
付録
直線状および円環状のβ運動をyoutubeに動画を投稿している。本実験との観視条件は異なるが、視線を上に向けると現象を確認できる。
直線状のβ運動:https://youtu.be/Sy9Iblk1zD4
円環状のβ運動:https://youtu.be/3Rn0ObLBYDs